KUWAE lab.CMES,Ehime University

研究室

1. 古環境学と加研究室

地球加研究室は、古環境学をベースに人類の社会基盤をゆるがす環境や生態系変化を明らかにするとともに、なぜそのような変化が起こるのかというメカニズムの解明にも取り組んでいます。

過去の地球環境や生物・生態系の歴史は、時にそのダイナミックな変動の姿に心動かされるものがあります。現代社会は地球温暖化や環境汚染、資源の枯渇等、様々な問題に直面していますが、その多くもまた、環境や生態系の大きな変動と深く関わりがあります。そして非常に複雑な地球環境システムには、私たちの社会基盤に大きく影響を及ぼすような、まだまだ把握できていない環境や生態系の変動現象も多数あると考えられています。

私たち古環境学研究者は、こうしたダイナミックに変動する地球環境や生態系の姿を解き明かしたいと考えています。そして研究を通じて得られた知見は、地域・地球環境問題の解決に貢献すると考えています。

研究キーワード:
堆積物コア / 環境DNA / 海洋プラスチック汚染動態 / 海洋生態系変動 /
古気候変動 / 人新世境界模式地/

2. 私たちの社会基盤は、これからも安定なのでしょうか?

私たちの生活は、様々なモノに支えられて成り立っています。コンビニ・スーパーに行けばいつでも食料や生活雑貨が買えます。石油ショックやコロナ禍、木材ショック時など、一時的にトイレットペーパーやマスク、木材などの物資が不足することもありましたが、事態が収束すればまたモノは買えるようになります。それは生産システムや物流、ネットワークシステムなどの社会基盤があるからです。そして忘れがちですが、そうした社会基盤は資源の安定供給や安全な環境があってこそ成り立っているものです。

2-1. 食料の安定供給とイワシの関係

鰯の群れ

食料の安定供給を支えているものの一つに、イワシが挙げられます。例えば、回転ずしにいけば食べられるブリ・タイ・ハマチ。養殖魚の餌はイワシからつくられたフィッシュミールです。また、食卓に上る豚・鶏などの家畜の餌や、野菜・果物など農作物の肥料にも、イワシのフィッシュミールが使用されています。ちなみにイワシは日本周辺で採れるものもありますが、現在その多くはペルー沖の海から獲れた魚が使われています。つまり、ペルー沖のイワシに代表されるような、世界の海の恵みが私たちの食料生産を支え、そのおかげで日本の食卓にいろいろな種類の食べ物が並んでいるとも言えます。

しかし、過去の文献や古環境解析によって、イワシの個体数は、数十年スケールで大きく変動していて、資源が突然崩壊して全く獲れなくなるというサイクルが過去に何度も繰り返されているという事がわかってきました。

このことから言えるのは、私たちが依存している自然環境から得た資源は必ずしも安定的に供給されるものではないということです。当然イワシがいなくなれば、養殖魚や家畜、農作物といった食料生産に全体に大打撃を与えます。今、私たちにとって馴染みのある料理が手軽に食べられなくなり,食生活が大きく変わる可能性が常にあるのです。

2-2. 窒素肥料と沿岸環境

畑

大気中に大量に存在する窒素もまた、私たちの社会基盤を支えているといえます。一般的に、田畑や果樹園などでは作物に窒素肥料を与えていますが、そうした窒素肥料は空気中の窒素ガスから合成しているからです。

しかし、その窒素ガスの利用が思わぬ形で地球環境に影響を与えています。窒素肥料の使用は、大気や陸域に過剰な反応性窒素(アンモニア)を供給して、流れ出た先の湖や海の富栄養化をもたらし、赤潮などによって生態系や養殖漁業に大きな影響を及ぼすことが知られています。

そうした反応性窒素の環境中への拡散は、これまでの地球環境で保たれてきた窒素の物質循環を大きく変えました。古環境解析などによって、反応性窒素の環境負荷は、地球全体から見ればその許容量の限界をすでに大きく超えているとも言われており、全球の窒素循環の変化の大きさは25億年間で最大とも言われています。

このことは、人類の環境への過剰な関与が、途方もなく長い年月で地球環境システムが築いた安定した地球環境を変え、二度と元の地球環境に戻らないという事態を招いたということを意味します。人間の生活空間や家畜・農業生産などにより人類が改変した土地の増大は、他の生物の絶滅速度を加速化させて、このままゆくと数百年後には地球史上6番目の大量絶滅を引き起こすと言われています。それによって生態系バランスが大きく変われば、人類にとって安全な環境とは言えないでしょう。

2-3. 不安定な環境変化を把握する

つまり、私たちの生活を支えている社会基盤は今後も安定しているとは限らない、それはローカル、あるいはグローバルな環境の変化によっていつでも私たちの生活を大きく揺るがす可能性があるわけです。

したがって、私たち人類は、今と将来の地球環境にどういう脅威があるか、現状をいち早く捉えて、環境や資源が限界を超える前に、適切な対策を取ることが必要です。現状を捉え、将来を予測する。そのためには古環境学による解析が不可欠です。

3. 将来の人類社会における古環境学の役割

古環境学という分野は、環境変化やそのメカニズム、地球の許容量などを明らかにすることができるものです。

現在のCO2濃度は400ppmを超えましたが、その濃度が過去80万年間で最も高く、その地球温暖化も進行しているという科学的根拠は、氷床コアや海底堆積物コアという地質記録媒体の様々な古環境解析から得られました。

また、日本のマイワシが100年間以上も個体数が増えない時期が続く時代が過去に何度もあり、今はその時代に差し掛かっているのではないかといった知見は海洋の堆積物コアの中の魚鱗化石から明らかになりました。

このように、古環境学は人類の社会基盤をゆるがす環境変化の存在やそのメカニズムの解明に貢献できる学問領域であり、現在多くの蓄積が得られています。繰り返しになりますが、複雑な地球環境システムには、まだ知られていない環境・生態系の変動現象も多数あると考えられ、古環境学はこうした変動する地球環境や生態系の姿を解明する有用な学問領域だと考えています。

4. 研究プロジェクト

ジンシンセイ

現在私たちは、古環境に関する幾つかの研究プロジェクトに力を入れています。そのうちの一つは、人新世GSSP(国際標準模式地)の提案に関する研究です。

最近、「人新世」(ジンシンセイまたはヒトシンセイ)という言葉が日本でも話題になっていますが、実は「地質時代としての人新世(ジンシンセイ)」はまだこの世に存在していません。そもそも、そうした地質時代の始まりを示す地層の国際標準模式地、いわゆる「GSSP」もまだ決まっていません。人新世GSSPの候補として世界に11の候補サイトがあり、その中で日本の別府湾堆積物が私たちの提案により候補の一つになっています。

45億年の長い地球史の時間軸は地層に入れられた境界の年代を基準にしていますが、GSSPはその地球史という世界標準時計のメモリの役割を果たしてきました。人類がもたらした新たな地質時代の到来の始まりを示す人新世のGSSPは、地球史の中で最も意義深いメモリとなると考えられます。

別府湾がGSSPとなるには、これまでその認定の基準とされてきた生物相変化や、PCBやマイクロプラスチックなどの汚染の拡大といった、様々な人新世を特徴づける鍵指標による明確な境界を地層に定義することが必要です。現在、そうした鍵指標の詳細な分析を他の研究機関の研究者と共同で行っています。

その他、本研究室では
・今後のイワシ資源の安定供給の鍵となる、マイワシの爆発的増加を100年規模で消失させた海洋プロセスの解明、
・世界最大漁場はどの海域かという問いに対する古海洋学的研究
・堆積物の環境DNAを用いた生物群集変化の解明
・マイクロプラスチックの海底への年間沈積量の解明
・全海洋でも稀な年縞堆積物を持つ別府湾堆積物の研究プロジェクト
等、環境動態を解き明かす様々な研究に取り組んでいます。

2021.6.15