KUWAE lab.CMES,Ehime University

PROJECT DETAIL研究詳細

01人新世の到来を示す国際標準となる地層の探求

人新世のゴールデンスパイク
人新世のゴールデンスパイク

地球温暖化に代表されるように、産業革命以降の人為撹乱による地球環境変化は、長い地球史から見ても、著しく大きな規模の一つです。そうした近年の大規模な地球環境変化の事実から、完新世から人新世(Anthropocene)という新たな地質時代に移行したという人新世仮説が提唱されるようになりました。

 しかし、その根拠となる地層境界の世界標準模式地、いわゆるGSSPはまだ決まっていません。その模式地についてAnthropocene作業部会を中心に候補が検討される中、日本の大分県別府湾の海底堆積物が最もふさわしい候補の一つとして現在検討されています。

 私たちは、別府湾において人新世の始まりを特徴づける人新世キーマーカー層序のデータセットを構築することで、別府湾堆積物が人新世のGSSPに選定されることを目指しています。

研究内容

 チバニアンという地質時代区分の下限を示す世界標準模式地(Global Boundary Stratopype Section and points: GSSP: 国際境界模式層断面とポイント)が日本で千葉県の地層で認定されたことが近年話題となりましたが、人新世-完新世境界のGSSP及び補助模式地の候補選定が国際地質科学連合(IUGS)の国際層序委員会(ICS)の下部組織、第四紀層序小委員会(SQS)のAnthropocene作業部会(AWG)で2020年から検討が始まっています。

 その模式地の記録媒体については年解像度を持つ氷床コア・サンゴ骨格が、また人新世キーマーカーについては、それらに記録される1950年代に始まる核実験による14C等の放射性核種の大気中濃度の急激な増加が有力です。しかし、核実験による放射能汚染が必ずしも生物相を含む地球システム全体を大きく変えるほどの影響ではなかったことや、地球温暖化で氷やサンゴ・年輪の記録媒体そのものが消失したり、10万年、100万年もの間に半減期の短い14Cのシグナルも消失すると考えられるため、地質学的時間スケールでも安定して存在し、地球システム全体に影響を与えたことを示す人新世キーマーカーを持つ記録媒体がGSSPあるいは補助模式地(Auxiliary stratotype)として相応しいと考えられます。

 特に、従来の多くのGSSPで選定の基準となってきた『全球規模での生物相変化をモニターできる』という条件は、GSSPの記録媒体として最重要となります。では、そうした全球規模の生物相変化が捉えられる記録媒体は地球上のどこにあるのでしょうか。

 我々は、本研究の対象である別府湾の海底堆積物がその条件を満たす記録媒体であると考えています。産業革命以降、環境汚染により水域の富栄養化や貧酸素化に伴う生態系の悪化が微化石群集記録として世界中の地層に現れることが知られていますが、その時期は欧米先進国では幾分早い1900年前後に現れるため、人新世境界として提案されている1950年あるいは1964年と必ずしも一致しません(Yasuhara et al., 2012)。一方で日本を含む東アジアの水域では、その人新世境界の年代に生態系の悪化が起こっていることが明らかになっています(Yasuhara et al., 2012)。このことは、産業革命以降、欧米から始まる海洋汚染による生物相変化が東アジアまで到達して1950年に半球規模に及んだことを意味し、東アジアの海底堆積物は、人新世境界での地球規模の生態系悪化をモニターできる理想的な堆積物だと考えられます。別府湾堆積物は、植物色素で富栄養化に対応する生態系悪化が捉えられ (Tsugeki et al., 2016, JO) 、『全球規模での生物相変化をモニターできる』という条件を満たすと考えられます。

 それだけではありません。別府湾堆積物は、人新世境界基準マーカーとなる核実験由来放射性核種の急激な増加、すなわち1960年代の137Cs (Kuwae et al., 2013, JAES; Takahashi et al., 2020, STE)や、他の人新世キーマーカーである1950年以降のマイクロプラスチック(桝本他, 2018)・PCB(Takahashi et al., 2020, STE)・DDT(Nishimuta et al., 2020, EP)の濃度増加など、Lewis and Maslin (2015, Nature)やWaters et al. (2018, ESR)が指摘する必須キーマーカー層序の多くをすでにカバーしています。

 私たちは、2020年より人新世GSSP-別府湾プロポーザル研究グループを立ち上げて、GSSPに選定に向けて、「別府湾堆積物が、真に人新世境界GSSPに選定されるにふさわしい地層か?」について、さらなる研究を行っています。

 「人新世」という概念は、2000年にノーベル化学賞受賞者Paul Crutzenの提案以降、科学、社会学、政治、宗教、文化等、あらゆる分野ですでに広く使われるようになりましたが、GSSPが地層中に設定されていないために残念ながら未だ科学的に定義された概念ではありませんでした。GSSPの誕生は、『人類がもたらした新しい地質時代の到来』が科学的根拠に基づいてはじめて公に認められることを意味します。地球史上で初めて人類(Anthropo)と名の付く人新世境界は、地質時代区分の中で最も意義深い境界の一つであり、その地層境界に打ち込まれるゴールデンスパイクの誕生は、これまで曖昧であった人新世の始まりの科学的根拠を与えることになります。人新世仮説は、SDGsのように地球環境問題の早期解決を求める世界の潮流を後押ししてきましたが、ゴールデンスパイクの誕生は、人新世という地質時代を招いた全人類への警鐘のシンボルとなり、その負の歴史と地球環境問題の深刻さが世界に広く認知される機会を与えることが期待されます。私たちは世界に一つしかない人新世GSSPを日本にもたらし、ゴールデンスパイクの国内外の社会的役割に貢献したいと考えています。

成果:Kuwae et al. (2013), JAES; Tsugeki et al. (2016), JO; Takahashi et al. (2020), STE; Nishimuta et al. (2020), PE.